
こんにちは。Lumo岡山東区店の代表取締役 人見雄一です。
今回は、大阪府の有料老人ホームで起きた女性職員殺害事件について、この事件の概要と判決内容を整理します。
その上で、福祉施設に求められる「安全配慮義務」とは何かを初心者にもわかりやすく解説し、施設運営者として私自身が感じた責任やリスクについてお話しします。
さらに、当事業所Lumo岡山東区店で日ごろ実践している安全対策(朝礼での情報共有やチャットツールの活用など)をご紹介し、最後に安全配慮義務の重要性と今後の課題についてまとめます。
老人ホームでの殺害事件の概要

まずは事件のあらましをまとめます。
2021年、大阪市平野区の有料老人ホームで夜勤中だった女性職員(当時68歳)が、入居者の男性(当時72歳)に殺害される事件が起きました。
参考:老人ホームで女性職員殺害か 入居男性も死亡、大阪府警が関連捜査|朝日新聞
加害男性は以前から問題行動が多く、事件の3日前には別の入居者への暴行が原因で退去予定になっていたことが報じられています。
遺族側は「施設内の安全対策が不十分だったため事件が起きた」として運営会社を相手取り訴訟を提起しました。
2025年9月25日、この裁判の判決公判で大阪地方裁判所(松本展幸裁判長)は、原告である遺族の訴えを認め、施設の運営会社に対し約3,940万円の賠償支払いを命じ、
判決では「もし施設側が安全配慮義務を尽くしていれば事件は起きなかった」と指摘され、具体的には粗暴な利用者への対策(夜勤職員を増やす、一人勤務の事務室の施錠徹底など)を怠った過失が認定されています。
このように施設側の安全管理の不備(安全配慮義務違反)により、結果として痛ましい事件を防げなかった点が厳しく問われた判決となりました。
参考:大阪の老人ホーム職員を入所者が殺害、「介護職場の安全」遺族訴え…運営会社へ賠償請求訴訟25日判決|読売新聞オンライン
安全配慮義務とは何か

では、「安全配慮義務」とは具体的にどのような義務なのでしょうか。
安全配慮義務とは、簡単に言えば事業者(会社や施設の運営者)が労働者(従業員)の安全と健康に十分配慮し、危険を未然に防ぐ義務のことです。
企業は従業員が安心して働けるよう、職場の物理的な環境を安全に整備し、事故を防ぐ対策を講じ、パワーハラスメントや過重労働などによる心身の不調を防ぐ措置を取らなければなりません。
もし職場の安全対策が不十分で従業員が業務中にけがをしたり、過度な負担やハラスメントで心身の不調をきたした場合、事業者は損害賠償責任を問われる可能性があります。
この安全配慮義務は法律にも明記されています。
日本の労働契約法第5条では、使用者(事業者)は労働契約上、労働者が「その生命、身体等の安全を確保しつつ労働すること」ができるよう必要な配慮をするものとすると定められています。
つまり法律に基づき、会社や福祉施設は従業員に安全に働ける環境を提供する責任があるのです。
では福祉業界ではどうでしょうか。
老人ホームや障害者施設などでは、利用者さんのケアが最優先と思われがちですが、職員の安全を守ることも同じくらい重要です。
特に介護・福祉の現場では、利用者さんが高齢だったり障害があったりするため、一見穏やかに見える方でも症状や疾患によっては突発的に危険な行動に出てしまうケースもありえます。
施設としては職員を含めサービス利用者の安全確保を環境を整える必要があります。
例えば、作業場のバリアフリー化や設備の点検を行い利用者さんがケガをしないようにすること、職員には感染症予防や腰痛防止など健康管理に配慮することも大切です。
また、利用者さん同士あるいは利用者さんから職員へのトラブルを未然に防ぐために、日頃から情報共有を密にしてリスクの芽を早めに摘む取り組みも求められます。
働く職員もまた、一般企業と同様に安全配慮義務の対象となります。
むしろ福祉の現場だからこそ、「利用者さんも職員も共に安心できる場を作る」という意識が不可欠です。
殺害事件に対して個人としての感想

報道を知ったとき、同じ福祉の現場で働く者として大きな衝撃と悲しみを感じました。
利用者さんに尽くしていた職員の方が命を奪われるなど、本来あってはならないことです。
この事件から、「どんな現場でも最悪の事態を想定した備えが必要だ」という教訓を強く感じました。
福祉施設では利用者さんの尊厳や自立を尊重するあまり、「まさかこの人が職員に危害を加えることはないだろう」と油断してしまうことがあるかもしれません。
しかし私たち施設運営者は、「万が一」の視点でリスクを見つめ直し、職員を守る責任があります。
特に障がい福祉の分野では、職員が安心して働ける職場でなければ、質の高い支援は提供できません。
法律面でも近年はハラスメント防止の義務化が進み、2021年には介護保険法の省令改正で利用者や家族からのハラスメント対策が介護事業者に義務付けられましたし、2023年にはいわゆるカスタマーハラスメント対策法も成立し全業種での対策が求められるようになりました。
令和7年の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)等の一部改正について|厚生労働省
こうした流れも踏まえ、改めて「職員の安全なくして利用者支援もなし」という視点を業界全体で共有すべきだと思います。
万一安全配慮を怠れば、大切なスタッフを失いかねませんし、事業者は法的責任を問われ、ひいては福祉業界への信頼低下にもつながりかねません。
私自身、施設を預かる立場として背筋が伸びる思いですし、今回の事件を他人事とせず他山の石としなければと痛感しました。
安全配慮義務を果たすために-当施設での実践

では、こうした安全配慮義務を果たすために、当のLumo岡山東区店ではどのような取り組みをしているのか、いくつか具体例をご紹介します。
-
朝礼での情報共有: 毎朝、スタッフ全員で朝礼を行い、その日の利用者さんの体調や気になる変化、注意すべき点を共有しています。小さな心配事でも事前に共有しておくことで、スタッフ全員が注意深く見守り、連携して対応することができます。
-
チャットツール(Teams)の活用: 日中もスタッフ同士がリアルタイムに連絡を取り合えるよう、Microsoft Teamsなどのチャットツールを活用しています。離れたフロアで作業中でも、すぐに情報を発信・共有できるため、「○○さんが少し落ち着きがないようです」といった様子も即座に全員が把握できます。何か異変が起こればチーム全員で素早くフォローし合える体制です。
-
リスクの事前議論: 支援が難しいケースやトラブルの兆候がある場合は、事前にスタッフ間で十分な話し合いを行います。例えば「最近△△さんが情緒不安定だけど、対応策を考えておこう」といった具合に、気になる利用者さんの言動があれば随時相談しています。リスクが高まる可能性があると判断したときは、あらかじめ対応方針を決め、必要に応じて専門機関に助言を求めることもあります。
-
記録管理の徹底: 日々の支援内容や利用者さんの様子を詳細に記録し、必要に応じて振り返りを行っています。また、ヒヤリハット(ヒヤッとした出来事や事故寸前の事例)の記録も積極的に共有します。些細に思えることでも記録を蓄積し分析することで、「そういえば以前にも似た兆候があった」と気づくきっかけになり、未然防止に役立っています。
-
掲示物の工夫: 施設内には安全に関する掲示物を掲示し、職員・利用者さん双方への注意喚起を行っています。たとえば、職員向けに緊急時の対応手順をイラスト付きで貼り出したり、利用者さん向けに「あわてずゆっくり深呼吸しましょう」といったメッセージポスターを掲示したりしています。日頃から目にする掲示を通じて、安全への意識づけを図っています。
-
安全配慮のための書類整備: 当事業所では、安全マニュアルや個別支援計画書の整備にも力を入れています。個々の利用者さんの支援計画にリスクに関する注意事項を明記し、定期的に見直しています。また、緊急連絡網や避難時の手順書なども整備し、新しい職員にもオリエンテーションで周知徹底しています。
以上のように、日頃から「最悪の事態を想定し備える」ことと「小さな違和感も見逃さず共有する」ことを習慣づけることで、安全配慮義務を現場で具体的な形にしています。
もちろん、人手や時間など制約もある中で完璧を期すのは難しいですが、スタッフ間のちょっとした工夫と意識向上だけでも、リスク低減に大きな効果があります。
まとめ
今回の老人ホームでの事件は、福祉業界にとって他人事ではなく、改めて安全配慮義務の重みを考えさせられる出来事でした。
職員の安全を守ることは、そのまま利用者さんの安全と安心につながります。
支援者が安心して働ける職場でこそ、利用者さんにも質の高いケアが提供できるからです。
安全配慮義務を果たすための取り組みは、一見地味で手間がかかるものかもしれません。
しかし、その積み重ねが大きな事故を防ぎ、ひいては命を守ることにつながります。
福祉の現場では利用者さん一人ひとり状況が異なり、リスク要因も様々です。
その分、職員一同で知恵を出し合い、小さなサインも見逃さず、常に「もしも」を考える文化を育んでいくことが重要でしょう。
最後に、本記事を読んでくださった皆さんにも、職場や家庭で安全について話し合ってみることをお勧めします。
事故やトラブルは起きないに越したことはありませんが、「起こりうるかもしれない」と想定して準備しておくだけで、防げることがたくさんあります。
福祉業界に限らず、誰もが安心して暮らせる社会を目指して、まずは私たち一人ひとりが安全への意識を高めていきましょう。
今日も皆さんが安心して過ごせますように――そんな思いを胸に、これからも現場で安全第一の支援を続けていきたいと思います。
↓その他過去の事件のまとめはこちら↓
